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雑記Rogue

書くたび言うことが変わる不思議ダンジョン

「とと姉ちゃん」関連ツイートから、人のスタンスを2つに分類してみた

視聴率が好調らしい朝ドラ「とと姉ちゃん

mainichi.jp

このドラマが放送されると、twitterでは2種類のタグのツイートがたくさん流れていく。

twitter.com

 

似ていて違うのは「反省会」という言葉が付いているかどうか。

大まかに言うと、「#とと姉ちゃん」では「今日の放送でこういうところが良かった」という比較的好意的な意見が多く、「#とと姉ちゃん反省会」では「ここがよく分からない」という比較的疑問を持っている意見が多く流れていく。

 

例えば、主人公が雑誌制作に協力して欲しいと頼む相手に対して

「私とならできます!」

と言い切るシーンがあった。

 

「#とと姉ちゃん」では、主人公の人間性や、依頼相手とこれから始める雑誌制作の高揚感を感じ取って楽しんでいるようなツイートが見られた。

一方「#とと姉ちゃん反省会」では、どこからその自信が湧いてきたんだ?とか、依頼相手頼みな制作を始めるのかよ・・・というような、ツッコミが見られた。

 

ちなみにここまで主人公はほぼ雑誌のアシスタント経験のみで、自分では1冊雑誌を作っただけ。社長となったその会社に相手をスカウトして、新しい雑誌を作ろうとしていたのだった。ドラマの中では「なぜ主人公とならできるのか」という、主人公が自信を持っている理由を示すシーンや説明は、明確にはなされていない。

 

この2つの受け取り方の違いは、情報に対する接し方の違いなんじゃないだろうか と考えてみた。

「#とと姉ちゃん」で好意的なツイートをしている人には、「自分が受け取った情報をもとに、自分で補完する」タイプが多くで、「#とと姉ちゃん反省会」で批判的なツイートをしている人は「情報を受け取った時に、その裏付けを求める」タイプが多いんではないだろうか?と。

 

「#とと姉ちゃん」な人は、出来事と出来事のつながりに自分なりの理由を見つける、いわば「空気を読む」人のように思う。不意にこういう行動をとったのも、こういう心の変化があったんだろうとかと自分で補完する。

「#とと姉ちゃん反省会」な人は、何らかの理由や原因があって出来事や行動が起こると考える人のように感じる。話の転換点では、そこに至るまでの過程や心の変化がなければ納得しにくい。

 

もちろん、実際にはこういう人やこういう理由だけでなく、単純に「どーも性格が合わない」とか、「なんかステキ!」というのもたくさんあると思う。そもそも2つだけに分けるのも強引だ。

しかし、脚本や演出に関する不一致は、主にこのような情報に対する接し方の違いなんではないだろうか。

 

改めて2つのハッシュタグを見比べてみると、そういうスタンスの違いがあるために、話も噛み合っていないように感じる。お互いに分かり合えない平行線が、長くて辛い。

 

友達だったらどっちのタイプがいいか、仕事仲間だったらなどと考えると面白いが、こういう異なるタイプの視聴者を相手にドラマを作るのはとりあえず大変そうだなあというのが、今日の感想。